仏教と稲作 

カテゴリ:み教え

田んぼの横で合掌したら豊作になった

なんて話じゃないんですよ。


明治時代の話しですが 京都の大学の教授を集めて

研修会が行われた時の事です。

講師に禅宗の高僧が呼ばれたそうで、その時のお話です。


このお坊さん えらい教授たちに質問しました。

「大きな池があります。そこで二人の女性が溺れています。

一人は自分の母親 もう一人は自分の嫁です。

さて あなたならどちらから助けますか?」


当ブログ読者の方 どちらを助けます?


さあ、会場はどよめきました。

近代的な考えの教授は 嫁を助けると言い

古風な考えの人は母親を助けると言い

答えはいつまでたっても出てこないので

逆に お坊さんに向かって あなたはどんな考えですか?

って質問したんですね。


そしたら このお坊さん このように答えました。


「私なら 近いほうから助けます」  ってね。


仏教の教えの根底にあるのは 我執を捨てる事です。

この場合 どちらが自分にとって大事であるかとか

必要であるかなんて事じゃなく 

助けやすいほうから 助ける 当たり前の事だけど

気づいてない事が多いんですね。


この自己中心的な考えを捨てていくと

イネ作りでも ほんとの稲の気持ちが分かってくると思います。

天気が悪い 肥料が悪い 機械が悪い

自分以外に原因を押し付けないで 根本的に稲のレスポンスを見ながら

進めていけるようになりたいものですね。

コメント

Re: 仏教と稲作

かずさんの、言うとおりだと思います。
天気の悪いのは世界中異常気象だし、
肥料も高いのも世界中資材高だし、
良い機械は、どこでも、むちゃくちゃ高いし、

どこでも条件は、たいして変わらないのかも、
しれませんね。

用は、心の持ち方しだいですね。
  • [2011/03/04 08:56]
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  • へのへのもへじ
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へのへのもへじさんへ

そうなんですよね。
思い通りに行かないのが世の中
でも思い通りに行かないと腹が立つ

意識を自分の内側に向けることが大事なんでしょうね。

稲が思い通りに育ってくれないときは
素直に稲の側に立った考えが必要かもですね。

Re: 仏教と稲作

まさに炭素循環農法の真髄ですね。
炭素循環農法は稲を育てるんじゃないですから。
稲を育てるのは田んぼの中にいる生物多様性の最小物の
微生物群ですもの。
そう考えるとやれ肥料だ消毒だ追肥だなんて右往左往していることが無意味になってきます。
稲は勝手に自分の吸いたいベストタイミングで養分を取りにきますがそれがわかっているのは共生関係の微生物のみ。人間にはわかりませんね。自然の力をコントロールできないですから現代人は・・・
将来、天候や地震などをコントロールできるくらい科学が進化すればベストタイミングの養分供給が出来るようになるかもですね。

わたか農園さんへ

微生物に任せた炭素循環農法 ただ傍観してるだけでいいのですから
雲の上から下界を眺めている仏さまの気分ですね。

ただ農業だけに関わらず生活していく上で、どんな不都合が事象が起きようと
原因を他に向けようとせず 内感(自分自身を振り返る)して行く事が
仏教的な考えと思っています。

科学が進歩すれば植物の研究によってベストタイミングの養分供給は出来るようになるかも分かりませんが、人はなぜ生きるのかなんて根源的な問題は
やっぱり宗教や哲学の領域なんでしょうね。

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